絹の道

秀峰には、「郷土の歴史をたずね、古道を歩く」という、まるで定年退職後のジイサマのような趣味がある。特に、多摩地区の鎌倉古道や鉄道遺跡に興味がある。
今日、同じ趣味を持ち、登山の師匠でもあるコントン土谷氏と2人で、「絹の道」の現在のルートを明らかにしようと、探索を行った。「絹の道」と呼ばれる道は、幕末から明治時代にかけて、各地より八王子に集められた絹製品を、横浜港まで運んだ道である。当時の姿が残されているのは、八王子市鑓水にある「絹の道資料館」から峠の頂上となる「道了堂」(大塚山公園)までの山道である。ちなみに「道了堂」は、心霊スポットとしても有名だ。
この「道了堂」から八王子市街地側へのルートと、反対に、鑓水から横浜港までのルートが、ウェブで調べたがどこにも載ってないので、手がかりを求めてまず「絹の道資料館」へ入ってみた。しかし、全ルートを図示するような資料は見当たらなかった。しょうがないので、「道了堂」へ向かう山道の入り口にある案内図をよく見てみると、多摩ニュータウン(鑓水地区)を突き抜けて町田街道までのルートが載っていた。行ってみると、ニュータウン内には、遊歩道として新しく整備された「絹の道」というのがあった。その遊歩道で見つけた案内図に、八王子中心地から東名横浜町田インター辺りまでのルートが記されていた。
鑓水から南下してニュータウンを横切った「絹の道」は、現在の町田街道へ出てからは、そのまま町田街道とほぼ重なっていた。そして、国道246号を横切ってから、おそらく現在の国道16号(旧道)へ合流していたと思われる。その先、横浜市へ入ってから先は、解明できなかった。
反対に、「道了堂」から八王子中心部へのルートだが、市立片倉台小学校付近、JR横浜線片倉駅付近、京王電鉄京王片倉駅付近を経て、八王子市八日町へ至っている。このルートを地図で見て、探索してみると、およそのルートは見当が付いた。しかし、「道了堂」から片倉台小学校までの間は、大きな住宅地造成と国道16号八王子バイパス工事のためか、古道の痕跡は見られなかった。
しかし、鑓水から町田街道までと、そこから先は町田街道に合流、という意外な発見ができた。また、八王子市街地内のおよそのルートも、今までまったくわからなかったので、大きな発見となった。八王子市街地内ルートの詳細は、再度原チャリで調査の上、現在の地図にプロットした画像を作成して公開する予定である。

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