35年ぶりのCD化

約35年前、高校生だった私が、カセットテープを擦り切れるほど聴いた曲のジャンルがあった。当時、“メロウ・シティ・ポップス”とか“和製AOR”と呼ばれた日本のポップスだ。

今でいう竹内まりやに近いかもしれない。それが昨今、見直されて、続々とCD化されている。間宮貴子・国分友里恵・伊東ゆかり、この前者の2人は数年前にCD化されていたが、このたび、伊東ゆかりのアルバムがCD化された。これが嬉しくてしょうがない。

オキテ破りで、伊東ゆかりのアルバムの代表曲を紹介する。
http://shuho-net.com/music/SAYONARA.mp3

どうでしょう、今でも十分に通用する感じでしょう。

最近のニュースの中で、このアルバムがCD化されたことが、最も重大なニュースとなっている。共感される方は少ないと思うが、自分にとって、あまりにも大きな出来事だったので、紹介しました。

ミスティー・アワー (生産限定紙ジャケット仕様) Limited Edition/伊東ゆかり https://www.amazon.co.jp/dp/B079VR34HD

広告

音楽CDを衝動買い

音楽CDを買うなんて、何年ぶりのことだろう。
年齢と共に音楽を聴くことが少なくなり、レンタルでさえ、中島美嘉を借りた3年前が最後だ。
まして新品の音楽CDを買うなんて、おそらく10年ぶりぐらいだろう。
買ったのは、これ↓

Super Best Of Yumi Arai
メーカー:EMIミュージック・ジャパン
価格:¥ 2,626
ユーミンこと松任谷由実の、「荒井由実時代」を総括した2枚組ベストアルバム。ベストとは言いつつ、荒井由実名義で出した5枚のアルバムに収録されていた楽曲の半分以上に当たる30曲が収録されており、かなり充実感のあるアルバムとなっている。
1980年代以降、ヒットメーカーとして名を馳せることになる彼女の、楽曲作りの才能はすでにこのアルバムでも聴いて取ることができる。「卒業写真」「あの日にかえりたい」「中央フリーウェイ」など、発表後四半世紀以上を経てなおコンテンポラリーな魅力をたたえた定番曲として親しまれている楽曲の圧倒的なこと! さらに、どこかしらプライヴェートな感触の楽曲が多いのもこの時期の魅力でもあり、「ひこうき雲」「海を見ていた午後」「翳りゆく部屋」などがその代表格だろうか。大輪の花が咲く直前のふくらんだつぼみのような、若々しい美しさと力強さにあふれた、密度の濃いアルバムだ。(剛吉若寸也)
by AffiliSearch


20代の頃からユーミンは好きでよく聴いていた。地元・八王子の輩出した偉大なアーチストでもあるから、曲を聴くだけではなく、ユーミンの自叙伝も買って読んだりもした。
ユーミンの実家の荒井呉服店は、今もちゃんとある。ちなみにウチの姉は、和服は荒井呉服店で買っていて、店の人がウチに配達に来たりもした。
なぜか最近、特に、荒井由実時代のものを聴きたくなった。デビューアルバムの「ひこうき雲」やセカンドアルバム「MISSLIM 」など、カセットテープでしか持ってなかったので、ちょっと中古のCDを探してみたのだが、たまたま、このベスト盤CDが目に付いて、即決で購入した。
荒井由実時代も良いのだが、すべてのユーミンの作品の中で、最も好きな曲となると、アルバム「TEARS AND REASONS」(1992年)に収録の「冬の終り」という曲だ。

「冬の終り」(松任谷由実)~Wikipedia
学生時代をテーマにしたノスタルジックな1曲。口をきかなくなったかつての友人を思い出すが、そのことで悩んだこと自体も今は懐かしく思えるという内容。1992年フジテレビ系ドラマボクたちのドラマシリーズ「その時、ハートは盗まれた」エンディングテーマ。

ユーミンの「冬の終り」は、オレと同じく、熱狂的に好きな人が多いそうだ。
今が旬の弾き語り系アーチスト・奥華子も、歌いたい曲として挙げている。
さて、次に欲しいCDは、尾崎亜美のBEST盤だ。BESTと言っても古い時代から沢山出ているので、やはり中古を探したほうがよいだろう。しかし、ユーミンに尾崎亜美とは、ひと昔前のOLさんみたいだな。我ながら、自分のキャラとの違和感を強く感じる。

GOZMA

昨年大晦日放送のNHK「第57回紅白歌合戦」で、番組中、白組で出演した「DJ OZMA」の演出の中で、女性ダンサーが上着を脱いで上半身裸になったように見える場面があり、視聴者から約750件の抗議が相次いだそうだ。
大晦日は、毎年、格闘技番組を観ている。今回も、TBSで「Dynamite!!」を観ていたので、問題の紅白の「DJ OZMA」を観られなくて残念だった。youtubeで探したら、いくつか出てきたので観てみたら、画質が悪いので本当に女性ダンサーが裸になっているように見えた。これはNHKとしては不祥事の総仕上げ、紅白凋落の象徴的な出来事だと思った。
「NHK 紅白歌合戦 DJ OZMA」(「ザ・たっち」の芸の後に始まる)
http://www.youtube.com/watch?v=gVVZsPyaMtg
PRIDEは、昨年、フジテレビとの間で何やらあったらしく、地上波での放送はなかった。こちらも本当は観たかった。郷野聡寛(ごうのあきひろ)という選手がいて、入場シーン(ダンス)が面白いので結構好きだ。郷野は自ら「GOZMA」と称しているが、実は「DJ OZMA」とはマブダチなのだそうだ。
2006年11月5日・横浜アリーナの「PRIDE 武士道其の十三 ウェルター級グランプリ2006 決勝戦」でデニス・カーン選手と対戦した時の「GOZMA(郷野聡寛)」は、入場シーンで「アゲ♂アゲ♂EVERY騎士」の曲に乗って、本物の「DJ OZMA」と一緒に踊りながら出てきた。この時は女性ダンサーの「裸」はなかったが、なかなか良かった。
「郷野VSデニス」(郷野の入場シーンはかなり後半で出てきます)
http://www.youtube.com/watch?v=OvBP-9MpJB4
大晦日も、「GOZMA(郷野聡寛)」は、埼玉スーパーアリーナで「PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU-」に出場して近藤有己選手と試合をしていたが、その頃、NHKの紅白では「DJ OZMA」が一発やらかしていたということになる。この両人の今後の活躍を期待したい。

クリスマスはJAZZ

昨夜、西新宿にあるヒルトン東京「セント・ジョージ バー」へ行ってきた。「クリスマス限定スペシャルライブ」というステージで、JAZZの生演奏を聴きながら、カクテルグラスを傾けるという、山男&釣り人には似つかわしくない挙動に出てしまった。
とは言えJAZZは中学生の頃から好きで、大学生の時からはジャズクラブに出入りしたり、スタンダード・カクテルのレシピを丸暗記したりと、いつでもJAZZスポットに出撃するための基本装備は身に着けているつもりだ。
さて、昨夜のステージは、トリオ+ヴォーカル(外人女性)で、演奏されたのは「’S Wonderful」などのスタンダード・ナンバー、それにクリスマスということで、WHAM!の「ラスト・クリスマス」や山下達郎の「クリスマス・イヴ」といった定番ポップスのJAZZバージョンも聴くことができた。
ステージに面した席から奥まった席に通されたため、適度な音量ダウン効果で会話もしやすく、店内の雰囲気もサービスもそこそこ良かった。これでカバーチャージ ¥1,732は安い。クリスマス以外の通常日ならば、¥1,470 なので更に安い。何といっても、場所が新宿という私の“ホーム”なので、また行ってみるつもりだ。
実は昨年のクリスマスは、恵比寿にあるウェスティンホテル東京のスカイラウンジ「コンパスローズ」へ、やはりJAZZのライブ目当てで行った。その時はピアノ+ヴォーカル+MIDI楽器の編成だった。演奏エリアが小さかったが、夜景の見えるロケーションと、店員サービスとインテリアなどは、「セント・ジョージ バー」よりも良かった気がする。
それに、ホテル内のクリスマス・ツリーやイルミネーションの演出も、ウェスティンホテル東京の方が格段に良かった。ロビー・ホールでは無料のピアノ・コンサートも行われていたし、しかも喫煙できるイスのエリアでゆったり鑑賞できた。
今回、バーへ行く前の夕食は、七面鳥とケーキを食いまくろうと、西新宿ホテル群ではどこでもやっている「クリスマス・ビュッフェ」を狙ったのだが、どこも満席で予約が取れなった。仕方がないので、野村ビルの49階にあるレストランでコースを食ったが、これはイマイチだった。前回の恵比寿のときも、夕食は近くのレストランでコースを食ったが、それもイマイチ。どうも食事の良い店を探し当てる才能は、私には備わっていないらしい。

好きな音楽の紹介【邦楽編】

邦楽を聴く様になったのはわりと最近で、J-POPという言葉が生まれ始めた頃からである。学生時代までは洋楽かJAZZしか聴かなかった。J-POPという言葉が定着する以前にも、角松敏生など「フュージョン+ヴォーカル」のような曲は好きだった。それ系で登場した谷村有美さんのファンになり、何回かコンサートに行ったりもした。今の気に入っているアーチストは、中島美嘉、山崎まさよし、伴都美子くらいである。
ここで、今まで聴いてきたJ-POPの中から、とても気に入っている「ベスト6曲」を紹介したいと思う。「ベスト6」とはなんとも中途半端だが、7位以下をなかなか思いつかなかったので、仕方がない。ややマニアックかも知れない。
第1位 MOON CHILD / ICE
これは「ICE」というグループの「MOON CHILD」という曲である。アーチスト名が「MOON CHILD」ではない。また「ICE BOX」というアーチストとも混同しがちなので注意が必要だ。ラジオで流れていて“ひと聴き惚れ”して、当時レンタルCD屋をずいぶん探した。“ずっと友達のままでもいいと、いつも思っていた相手と、恋に落ちた”という詩である。最近、どうしてもCDが欲しくなり、この曲が収録されているベストアルバム「ICE TRACKS Vol.01」(1998)を、ヤフオクで手に入れた。同じアルバムに収録の「kozmic blue」という曲も、とてもよい。これを初めて聴いているうちに涙が出る人もいるらしい。
第2位 冬の終り / 松任谷由実
ユーミンは荒井由実時代も含めてけっこう好きだが、ベスト1というとこの曲だ。アルバム「TEARS AND REASONS」(1992)に収録されている。古き良きユーミンの曲調で、学生時代の恋の終わりを回想する詩である。
第3位 I WILL / 上田知華
なんだかよくわからず、どこで見つけたかもわからないが、好きな曲である。
第4位 TWILIGHT / 岡本真夜
岡本真夜はメロディーと声と歌唱力はいいのだが、詩の内容がイマイチだ。この曲の詩も、高校生の純情カップルの下校風景の一コマを描いた他愛ないものであるが、メロディーとアレンジがスバラシイ。アルバム「Pureness」(1996)に収録されている。
第5位 バレンタイン・イヴ / 近藤ナツコ
なぜこの曲がミリオンセラーにならず、バレンタインデーの定番曲にならなかったか、本当に不思議だ。アップテンポの憶えやすい曲で、歌唱力も抜群だ。今からでも口コミで世に広め、毎年バレンタインデーが近くなると、この曲があちこちで流れるようにしたいものだ。近藤ナツコさんは、今は荻窪のライブハウスなどで活動しているらしいので、一度行ってみようと思っている。
第6位 サイレント・イヴ / 辛島美登里
やっと誰でも知っている曲が出てきた。思いっきり暗い曲なんだけど、好きだ。確か吉田栄作と仙道敦子のトレンディー・ドラマ「クリスマス・イブ」のテーマ曲だったと思う。このドラマは毎週最後に「クリスマス・イブまで、あと○日」というテロップが出ていたのを憶えている。なつかしい。

音楽の思い出話 【洋楽編】

ちょっとナルシスティックな記事です。
最近、むかしよく聴いた音楽のうち、特にお気に入りだった曲を、中古CDで探して入手して、パソコンでお気に入り曲集を作って、MP3プレイヤーで聴くのが、マイ・ブームです。そういった曲などを思い出話とともに紹介したいと思います。思いつくままに書いたので、時代考証が微妙にズレているかも知れません。アーティスト・曲名は、なるべくカタカナにしました。
秀峰が洋楽を聴くようになったのは、小学校5年の時、当時、AMラジオの文化放送でやっていた「電リク76」という番組がきっかけであった。その名のとおり1976年の頃だ。その番組でよくかかっていて、まずファンになったのは、オリビア・ニュートン・ジョンだった。生まれて初めてレコードを買ったのは、彼女のシングル(EPレコード)4枚だった。曲は「カントリー・ロード」「ジョリーン」「たそがれの恋」など。その頃の洋楽では、ベイ・シティ・ローラーズとかキッス、エアロ・スミスなども流行っていたが、秀峰はアメリカン・ポップスが気に入ったようで、カーペンターズなどを好んで聴いていた。78年頃、インベーダー・ゲームのブームがあったが、ゲームセンターでロッド・スチュアートの「アイム・セクシー」を耳にタコが出来るくらい聴いた。先日、これが無性に聴きたくなり、取り寄せようと思ったが、リミックス版しか入手できなかった。
中学生になって、アルバム(LPレコード)というものを初めて買った。それは、ビリー・ジョエルの「ニューヨーク52番街」だった。ビリー・ジョエルとカーペンターズの代表的な曲は、今でもカラオケでよく歌う。この頃、ジョン・トラボルタ主演の映画「サタデー・ナイト・フィーバー」が大ヒットして、ディスコブームが起きていて、その流れでビージーズなどはよく聴いていた。また、当時のディスコと言えばソウルだったと思うが、アース・ウインド・アンド・ファイヤーは好きだった。彼らの曲は、最近よくCMで使われているので懐かしくなり、「宇宙のファンタジー」なんかをカラオケで歌おうと試みたが、まったく歯が立たなかった。
高校に入ってからは、ヒット路線の洋楽にも邦楽に見向きもせずに、ひたすらジャズを聴いていた。スタンダード・ヴォーカルが中心だ。高校生がサラ・ボーンだのエラ・フィッツジェラルドだの聴いているんだら、ちょっとおかしなもんだ。だが、ジョン・コルトレーン(サックス)の「マイ・フェイバリット・シングス」には大いに感化された。それでマッコイ・タイナー(ピアノ)も好きになって、10年後に念願のライブ(ブルーノート東京)に行くことになる。生まれて初めて買ったCDは、ジャズピアノのケニー・ドリュー・トリオのベスト盤だった。
さて、80年代に入ると第3次ディスコ・ブームが訪れる。いわゆるユーロビートの黎明期である頃、秀峰も生まれて初めてディスコにデビューした。大学2年生の頃だ。と言っても、新潟の赤倉温泉スキーの時に、温泉街のホテルにあった即席ディスコであった。大ヒット中のA-HAの「テイク・オン・ミー」がかかってたのを憶えている。この曲はいわゆる「パラパラ」が初めて演じられるようになった曲だと聞いている。そして、デッド・オア・アライブの「ユー・スピン・ミー・ラウンド」とか、カイリー・ミノーグ、バナナラマ、シニータ、サマンサ・フォックスといったPWLレーベルの全盛となるが、秀峰は少し後になってから聴き始めたと思う。
都心のディスコに初めて行ったのは、六本木のロアビルにあった「リージェンシー」だ。ここは値段も安く初心者(?)に向いたディスコだった。あとは、日比谷と新宿にあった「ラジオシティ」はよく行った。踊りやすいユーロビートがかかるので、それ目当てで行ったものだ。この辺はディスコ初心者向けだが、わりと本格的なデイスコファンは、やはり「マハラジャ」「キング&クイーン」「シパンゴ」「Mカルロ」などに行っていたようだ。
秀峰にとって忘れてはならないのが六本木にあった「J・TRIP・BAR」だ。スカイラインGTSを駆って八王子から飯倉片町(路駐)まで飛ばして、朝まで踊って、明け方に中央自動車道を下るという元気な活動をしていた。よくかかっていたのがリック・アストリーの「トゥゲザー・フォーエバー」だった。テーブルだのグランド・ピアノに登って、へんちくりんなモンキーダンスもどきを踊ったものだ。その頃、新山下にあった「横浜ベイサイドクラブ」というのもクールだった。秀峰が行ったのは潰れる少し前で、客もまばらなフロアーにクリスタル・ウォーターズの「ジプシー・ウーマン」などがかかっていた。
80、90年代のディスコ音楽と親しんだ秀峰も、かの有名な芝浦の「ジュリアナ東京」の閉店とともにこの世界から足を洗う。六本木の「ヴェルファーレ」はついに一度も行くことがなかったし、ディスコがクラブと呼ばれるようになってからも行ってない。社会人になってからは、なぜか「J・POPS」に転向してしまった。カラオケブームのせいもあったろう。
洋楽の最も思い出深い曲となると、ディスコ行ってた時代、ハイエナジー系の大傑作、ホット・ゴシップの「ブレイク・ミー(イントゥ・リトル・ピーセズ)」である。この曲はつい先日やっと入手できた。失恋の曲で、それを聴いていた頃に大失恋をしたので、忘れられない曲である。